「捨身」になることは難しい
わたしにはここ数年、大病をしたり本業の廃業覚悟など、困難な事件がそれなりに起こりました。
しかし、「捨身になれ」と意識したことなど、一度もありません。
ただただ夢中になって、「わたし自身が自分で呼び込んでいる運命」にわたし自身をぶつけていったに過ぎません。
しかし、家内の強力な闘争参加があったにしろ・・・
この数年間もの長きにわたる闘争に、わたし自身、いささかウンザリしてしまっているのが現状です。
ここに至り、わたしはなぜこの闘争にウンザリしてしまったのでしょうか。
それは、わたしが、この地球社会の中で「冷静さ」(損得計算思考)を取り戻してきたからです。
あるアメリカの思想家は・・・
「おのれを信ぜよ、その鉄製の弦がひびけば、あらゆる心は感応して震える」
「事物(人)は久しく不当な扱いをうけぬなり」
・・・などの思想でわたしたち夫婦の闘争を励ましてくれます。