近代スポーツの文化的背景 3
意味の多様化は、とりもなおさず冨億が生活のかなりの部分に入り込んでいることを端的に物語ります。
はたしてそうした多様化がいつ頃始まり、社会や「遊び」概念のいかなる変容と呼応するのか・・・
ここで詳細に論じるわけにはいきません。
しかし、遊びと社会、遊びと人間との現実的ないし象徴的な関わりから文化論を構築したのが、ほかならぬヨハン・ホイジンガ(ホイジンハ)であり、ロジェ・カイヨワであったことは指摘しておくべきでしょう。
ただし、ホイジンガは日本の遊び観にも言及しながら・・・
たとえばイタコたちによる《オシラ遊ばせ》とい,つ民俗を知らなかったため、日本的遊びの原点が魂の発動、つまり《タマフリ》にあることを看過しています。
また、遊戯性、競技性・ルドゥスーにしても、しかじかの「遊び」が範躊と要素とからなる座標系に占める位置が、道具立てや場所、パフォーマー、ドラマトゥルギーなど・・・
いわば遊びの条件付け次第で、実は自由に変位することをどこまで顧慮しているか、疑わしい限りです。
ところで、スポーツの直接的な語源として一般に考えられているのは、ここに指摘されているように、古フランス語で「免除する、楽しませる」を意味する動詞、デポルテです。